MASATO NASU

Portfolio

Selected works, objects, and experiments.

Ouroboros Mobius Ring

Ouroboros Mobius Ring

2005 · Accessories Design

このリングは、表と裏の区別をもたない、一続きの面からできています。 外周に現れるエッジもまた一つだけで、どこまでも辿っていくことができます。 見た目は静かでミニマルですが、内部にはきわめて特異な位相幾何学的構造が潜んでいます。 この形を中央で分けると、互いに鏡像関係にある二つのメビウスの輪として捉えることができます。 そのためこのリングは、位相幾何学的には**「クラインの壺に一つ穴を開けたもの」**と同じ性質をもつ形態です。 内と外、表と裏、始まりと終わりといった通常の区別がゆるやかにほどけ、一つの連続体として成立しています。 造形としては、数学的な厳密さだけでなく、腕に通したときのやわらかな流れと自然ななじみも重視しました。 サイズ感は女性の手に美しく収まりやすいバランスを意識しており、強い主張をしすぎず、それでいて見るたびに構造の不思議さが立ち上がるリングです。 単なる装飾品ではなく、 触れられるトポロジーとしてのジュエリー。 身につけることで、かたちそのものが持つ知性と詩性を静かに感じられる作品です。 # Möbius ring — 形状解析報告(訂正版) ## 概要 本作は 3DCAD で制作したバングルである。外形は約 81 × 78 × 22 mm、着用開口は径 50〜70 mm(楕円状)。x → −x の鏡映に対して最大偏差 0.085 mm(平均 0.003 mm)で一致する、ほぼ厳密な左右対称体である。モデルは厚みゼロの面モデル(23 の NURBS 面)として書き出されており、ファイル名の 1.5 mm は付与予定のシェル厚を指す。 ## 縫合線の存在 素の B-rep をそのまま数えると境界エッジは 60 本、2 本の閉曲線に分かれるように見える。しかしそのうち計約 9.8 mm ぶんのエッジ(実質 3 対、長さ 2.4 + 2.4 + 5.0 mm)は、2 枚の面がそれぞれ別のエッジ実体として持ちながら、幾何としては最大偏差 0.003〜0.026 mm で完全に重なっている — つまりリング上部の折り返し域に、両層の縁が融合する**縫合線**が意図されている。この同一視を実行すると、境界は 873.5 mm の**一本の閉曲線**に繋がる。素朴な数え上げでは 2 本に見えた境界が、縫合を認めた瞬間に 1 本になる。 ## 曲面の位相 — メビウスの帯を超える片側曲面 縫合線での貼り合わせの向きを検証した。重なる 2 本のエッジを、それぞれを縁とする面の周回方向に沿ってサンプリングすると、3 対すべてで**同一方向**に走る(同方向比較での最大偏差 0.026 mm、逆方向比較では曲線長そのものの偏差)。曲面全体で無矛盾に面の向きを揃えた上でこの同方向の貼り合わせが起こるということは、縫合を渡った瞬間に表裏が入れ替わるということである。すなわち縫合後の曲面は**向き付け不可能** — 表と裏の区別を持たない片側曲面である。 オイラー標数は縫合後 V − E + F = 82 − 106 + 23 = −1。境界成分 1、向き付け不可能、χ = −1 の曲面は、クラインの壺から円板を一枚くり抜いたものに等しい。メビウスの帯(χ = 0)よりさらに一段複雑な片側曲面であり、「片側性」というメビウスの本質は完全に備えている。帯そのものに半回転のねじれはなく(帯はリング軸まわりを正味 0 周する往復二層構造)、片側性はすべて折り返し部の縫合が担っている。 ## 一本の縁は角結びを描く 繋がった 873.5 mm の境界曲線の結び目型を計算した。複数のランダム射影(交点数 11〜16)すべてで Alexander 行列式は **9**。行列式 9 の候補を絞るため Alexander 多項式を t = 2 で厳密評価すると奇数部 9 — これは 6₁ 型(t = 2 で消える)を除外し、三葉結び目の連結和と整合する。 決定的なのは鏡映面での分解である。境界曲線は対称面 x = 0 とちょうど 2 点で交わる。すなわち曲線は対称面で連結和に分解する。各半分(面内で閉じたもの)は**交点数 3 の射影を持つ** — 交点数 3 以下の結び目は自明結び目(行列式 1)と三葉結び目(行列式 3)に限られるから、全射影で行列式 **3** を与える各半分は三葉結び目と一意に確定する。さらにその 3 交点図の符号は一方が全て正、他方が全て負 — 右手の三葉と左手の三葉である。**左手と右手の三葉結び目の連結和 — 角結び(square knot)**。曲線全体のライズは 0.000、鏡映対称な結び目として閉じている。 もうひとつ奇妙な性質がある。この縁はバングルの軸まわりの巻き数が **0** である。縁に沿って巻き角の累積を追うと、外層側で +1.48 周まで進んでから折り返し、内層側で −0.47 周まで振れて、正確に 0 に戻る。一周半近く腕を回り、それをすべて解いて帰ってくる往復である。巻き数は腕の軸との絡み(ホモロジー)を、結び目型は曲線自身の結ばれ方を測る — 互いに独立な量であり、この縁は前者が 0、後者が角結びという組み合わせを同時に実現している。 ## 制作上の注記 縫合線は上部折り返し域の約 10 mm。ここは面モデルの段階で両層が公差レベルまで接しており、1.5 mm の厚み付けで物理的に融合する。この融合こそが片側性を成立させる同一視の実体なので、造形上は欠陥ではなく構造の要である。最薄部は下部首まわりの帯幅 0.6 mm で、厚み付け後の強度確認はこの近傍が対象になる。 ## 要約 | 項目 | 結果 | |---|---| | 曲面の位相型 | 向き付け不可能・片側(クラインの壺 − 円板、χ = −1) | | 境界 | **1 本**の閉曲線、873.5 mm | | 境界の結び目型 | **角結び**(左三葉 # 右三葉、行列式 9) | | 鏡映分解 | x = 0 で 2 点交差、各半分が三葉結び目(3 交点射影あり・行列式 3、符号 全正/全負) | | 境界全体のライズ | 0.000 | | 軸まわりの巻き数 | 0 | | 対称性 | x 鏡映対称(偏差 ≤ 0.085 mm) | | 外形 | 約 81 × 78 × 22 mm、開口径 50〜70 mm | ねじらずに折り、折り目を融合させることで、この帯は表裏を失う。腕を囲む面を持つのに、その唯一の縁は腕を囲まない。しかもその囲まない縁は、ただの輪ですらなく、左右一対の三葉結び目を結んだ角結びである。名が指すメビウスの片側性を、メビウスとは別の経路で — 一段深い位相で — 実現した形である。