
純粋存在
2023
この作品は、何かを便利にするための形ではなく、ただそこにあること自体を主題にしたものです。 ブロック状の極めて単純な構成を用いながら、それを実用品や模型として回収させず、意味が立ち上がる直前の状態にとどめています。 そのため見る側は、「これは何か」に答える前に、まずその無骨な存在感そのものと向き合うことになります。 造形はきわめて還元的で、直方体と円柱という最小限の要素だけで成り立っています。 しかし、その単純さゆえに、形は記号のようでもあり、玩具のようでもあり、建築の断片のようでもあり、なおかつそのどれにも完全には回収されません。 意味を持ちそうで持ちきらない、その宙吊りの状態がこの作品の核です。 ネオ・ダダ的なのは、既存の秩序だった意味や価値の体系をいったんずらし、幼児性、既製品性、記号性の境界にある物体を、あえて純粋な存在として差し出している点にあります。 何かを表現するというより、意味づけの手前にある“もの”の強さを、そのまま提示している。 この作品は、用途でも象徴でもなく、ただ存在していること自体が内容になっているオブジェです。